連載 てくてく歩行学
中村恒太の
歩行学基礎知識

中村 恒太 プロフィール
認定理学療法士(運動器)、介護予防推進リーダー、NASM-PES(National Academy of Sports Medicine - Performance Enhancement Specialization)等の資格を保有。
診療では、脳血管疾患、運動器疾患を中心に対応。診療以外にも、地域高齢者に対する介護予防講座などを実施し、高齢者の障害予防にも努めている。また、専門分野に関する研究活動、学会発表も積極的に実施している。
現職:2016年苑田会ニューロリハビリテーション病院に入職
専門分野:歩行分析、運動器疾患、介護予防
4 ウォーキングを行う際の目安(歩数など)について
健康維持や生活習慣病の予防のために、ウォーキングは非常に効果的な運動です。では、一日にどれくらい歩くのが理想的なのでしょうか?
一般的に推奨される歩数は、厚生労働省が取り組んでいる「健康日本21(第三次)」において、性別・年代別の目標値として、20~64歳の男女:8,000歩/日、65歳以上の男女:6,000歩/日と示されています。この目標値を達成する事が難しいという方でも、4,000歩/日以上歩くことで死亡リスクが低下することが報告されています。
一度に長時間歩くのが難しい場合は、1回10分程度のウォーキングを1日数回に分けて行う方法も有効です。例えば、通勤や買い物の際に少し遠回りをする、エスカレーターではなく階段を使う、テレビを見ながら足踏みをするなど、日常生活に取り入れやすい方法を考えることも大切です。ご自身の身体状況に合わせて無理のない範囲で目標値を決めてウォーキングに取り組むと良いのではないでしょうか。
またウォーキングでは歩数だけでなく「歩く強度」も重要です。適度な運動効果を得るためには、1分間に100歩程度のテンポ(中等度の強度)が推奨されています。歩行速度を意識しながらウォーキングを行うことで、心肺機能の向上や筋力維持につながります。
ウォーキングを続けるコツは、「無理なく、楽しく」行うことです。好きな音楽を聴きながら歩く、友人や家族と一緒に歩く、歩いた距離や歩数を記録して達成感を味わうなど、自分に合った方法を見つけましょう。
そして、歩く環境も重要です。滑りやすい靴を避け、クッション性のあるウォーキングシューズを選ぶことで、膝や足への負担を減らせます。
ウォーキングは特別な道具や場所を必要とせず、気軽に始められる運動です。自分のペースで無理なく続けることで、健康な体を維持し、日々の生活をより充実させていきましょう。
3 専門家が行う歩行能力のテストについて
歩行能力を評価するために、リハビリテーションの専門家はいくつかのテストを評価したい項目に応じて行います。今回は、いくつかある歩行能力の評価の中から代表的なものを紹介します。
10m歩行テスト
10m歩行テストは、歩行速度を評価する代表的な評価指標です。これは、10mの距離を歩く時間を計測し、歩行速度を算出します。
歩行速度は、転倒リスクの指標となり、秒速1m以上(10mの距離を10秒以内で歩行可能)が健康的な歩行の目安とされています。
ただし、歩行速度の目安は年齢により異なる事もわかっています。厚生労働省が発表している「年齢別体力基準値表」から年齢別の平均的な歩行速度を紹介します。(表1)
ご自身の年齢と照らし合わせて参考の1つにしてみてはいかがでしょうか。
表1 年齢別の歩行速度平均値
65-69歳 | 70-74歳 | 75-79歳 | 80歳以上 | |
---|---|---|---|---|
快適歩行速度(m/秒) | 1.38 | 1.33 | 1.24 | 1.13 |
* 歩行速度の算出方法は、距離÷時間です。
例)10mを10秒で歩いた場合は、10÷10=1.0m/秒
Timed Up and Go Test(TUG-T)
TUG-Tは、バランス能力を評価する指標でもあり、歩行中のバランス・転倒リスクを評価する指標として頻繁に用いられます。
TUG-Tは、椅子に腰かけた状態から立ち上がり、3メートル先の目標物で方向転換し、再度椅子に腰かけるまでの時間を測定します。基準値として、TUG-Tで10.85秒以上の時間が掛かってしまう方は、サルコペニアの危険性がある事が報告されています。
* サルコペニア:加齢により骨格筋量が減少した状態
6分間歩行テスト
6分間歩行テスト(6MWT)は、持久力を評価する指標であり、6分間でどのくらいの距離を歩けるかを測定し、全身の体力や心肺機能の評価として用いられます。
6MWTは、性別や年齢の影響を受けますので、こちらでは参考に文部科学省が発表している「体力・運動能力調査」から平均値の表を紹介いたします。(表2)
表2 性別・年齢別の6MWTの平均値
男性 | 女性 | |
---|---|---|
65-69歳 | 631.3m | 591.3m |
70-74歳 | 607.5m | 568.5m |
75-79歳 | 582.1m | 534.1m |
2 歩行速度と転倒の関係について
歩行速度は、身体機能の状態や転倒リスクを示す重要な指標であり、リハビリテーション現場においても頻繁に用いられる指標の一つです。一般的に、歩行速度が遅くなると転倒のリスクが高まることが多くの研究で報告されています。
歩行速度が低下する要因として、筋力の低下、バランス能力の低下、関節の柔軟性低下などが挙げられます。特に高齢者では、加齢とともにこれらの機能が衰え、歩行速度が低下することが多くなります。その結果、前方への推進力が不足し、不安定な歩行につながりやすくなります。
また、転倒を頻回に経験している高齢者は、そうでない高齢者と比較して歩幅が狭いなど不安定な歩行となっている傾向が強く、歩行速度も遅い傾向になると言われています。
理想的な歩行速度には個人差がありますが、一般的には秒速1m以上(10mの距離を10秒以内で歩行可能)が健康的な歩行の目安とされています。適度な運動や筋力トレーニングを取り入れることで、転倒リスクを低減し、安全な歩行を維持しましょう。
ちなみに、厚生労働省が行った「国民生活基礎調査」の令和4年度の調査によると、転倒は要介護状態(介護が必要になる状態)になる原因の第3位として報告されています。転倒を予防する重要性が伺えますね。
歩行速度を維持・向上させるためには、日常生活の中でこまめに歩く習慣をつけることが大切です。例えば、エレベーターではなく階段を使う、少し遠回りをして買い物に行くなど、無理なく歩く機会を増やしましょう。日常生活に少しの工夫を取り入れながら、転倒を防ぎ、安心して歩ける体づくりを心がけましょう。
1 歩行動作の基礎知識について
私たちが普段何気なく行っている「歩く」という動作ですが、実はさまざまな機能が連携して働くことで成り立っています。
歩行は「立脚期」と「遊脚期」に分けられます。立脚期は片方の足が地面について体を支えている時期、遊脚期はその足が持ち上がり次の一歩を踏み出す時期です。そして、片方の足が地面につき、再び同じ足が地面につくまでの一連の動作を「歩行周期」と呼びます。
歩行周期の中で立脚期が占める割合は約60%、遊脚期は約40%と言われています。一般的に、足が地面についている時間の方が長くなります。この立脚期と遊脚期の割合が左右で異なると、歩行のバランスが崩れ、ふらつきや非効率な歩行につながることがあります。
効率の良い歩行を行う上で重要な機能の一つに、「足関節ロッカー機能」があります。これは「ヒールロッカー」「アンクルロッカー」「フォアフットロッカー」の3段階に分かれます。「ヒールロッカー」では踵が接地し、体重がスムーズに前方へ移動します。続く「アンクルロッカー」では、足関節が前方へ傾きながら体重を支え、最後の「フォアフットロッカー」ではつま先を支点に推進力を生み出します。これらの機能が適切に働くことで、効率的で安定した歩行が可能になります。
歩行中は正しい姿勢や適切な歩幅を意識することが大切です。効率的な歩行を心がけることは、健康維持にもつながります。
今後のコラムでは、異常な歩行動作、歩行速度がもたらす影響、ウォーキングの継続によるメリットや目安についてご紹介していきます。ぜひご覧ください。